「研究者の卵たちに贈る言葉」を読んで

始めに

こんにちは。古谷です。
Co-LABO MAKER(コラボメーカー)という研究設備・ラボのシェアリングサービスをしている東北大学発ベンチャーの代表をしています。

Co-LABO MAKERは、一言でいうと「研究版のAirbnb」です。
やりたい実験があるけど研究設備やラボがない研究者を、研究設備はあるけど資金が必要な研究室や企業をつなげ、ラボや実験機器を一定期間使えるサービスを提供しています。
https://co-labo-maker.com/

今回は、先日twitter上の生命科学系企業研究者の「くりぷとバイオ」(https://twitter.com/cryptobiotech) さんがお勧めしているのをみて読んだ、

「研究者の卵たちに贈る言葉 – 江上不二夫が伝えたかったこと」 (笠井 献一著、岩波科学ライブラリー)

https://www.iwanami.co.jp/book/b265961.html

がとてもおもしろかったので、「「研究者の卵たちに贈る言葉」を読んで」という題で、読んでみた感想、それをみて思ったことを文章化してみようと思います。

書かれていること

この本は、日本の生化学および分子生物学の草分け的存在であり、「江上語録」が伝聞で伝えられているほど個性的だった江上教授について、その言葉・教え・生態が、一部専門的な記述とともに書き記されています。

キャラクターは、いい意味で超多動・超楽天的です(笑)。
凄まじい頭の回転で空中サーカスのように奇想天外なアイデアを繰り出しまくり、それを魅力的に話まくり、弟子や周囲を扇動しまくって、ホラ吹きと言われたり、無数に失敗したりもします。
でも、研究者の育成に誰より誠実で、自然の真理に対し誰より謙虚
そんな、とても魅力的な先生です。

その教えは、「他人と戦わない」「人真似でかまわない」「伝統を大切に」「つまらない研究なんてない」「3ヶ月で世界の最先端になる」「実験が失敗したら喜ぶ」「先生は偉くない」など、一見すると世界初の最先端の研究をするときそれでいいんだ?と思いそうなものが多いです。

が、実のところ、上記はほぼ逆説です。

実際のところは、徹底的に新しい芽(人・分野)を生み出し、育てることに人生を捧げていた方です。詳しくは後ほど。

また、江上研で発見されたリボヌクレアーゼT1等の酵素についてや、ペニシリンの発見の経緯についてなど、生命科学関連の話も多く書かれているため、専門知識0でも楽しめますが、深い知識があると更に楽しめるような内容になっています。

私は、学部4年時の1年間だけ、人工筋肉を水和状態の切り口から研究している少し変わった研究室で、シトクロムCを使った研究をしていただけなので、深いところまでは実感を持てませんでしたが、雰囲気はわかるので専門性が高いところもとても楽しく読めました。

江上先生が研究で大切にしていること

以下、江上先生が大事にしていることを私の理解で書いていきます。
割と思想が似ているようで、ですよね〜、と共感しながら読んでいました。

1. 他人と戦わない
科学者は知りたいからやっているのであって、目的は他人と戦って勝つことではない。
流行りの研究ではなく、なるべくみんな違う角度から。
競争に目が眩んで見逃しているところに生命の原理・本質が隠れている。
激戦地で闘う人も必要だけど、激戦地で戦わずともチャンスはくる。
自然は人の想像を超えているのだから。

2. 人真似でかまわない
人真似でみんなと同じような研究をしていても、重要なことはあちこちに隠れている。なので、独創的な研究を追い求めるのではなく、先入観を持たずに自信を持ってやっていけば、結果的に独創的な研究ができる。

3. 伝統を大切に
伝統に縛られるのではなく、伝統を大切にし、それを足掛かりに研究を進める。そうすれば、ノウハウや土台がしっかりしているので、他の人よりもいいスタートが切れる。

4. つまらない研究なんてない
生命現象は繋がっているので、最後は全体と結びつく。だから、つまらない研究などなく、誠実に取り組めばいつか重要な研究につながる。
未来を知れない人間が勝手に、何が重要か価値を仕分けるのは神への挑戦。
未知を既知にしたいという衝動をコンパスに、自信を持って育てればいい。

5. 3ヶ月で世界の最先端になる
学生も必ず全員独立したテーマを選んでもらう。本人が興味と情熱と責任を持てるテーマを。全員が独立した研究を追求し、それぞれが世界最先端にいると自負できる。それが最優先。

6. 実験が失敗したら喜ぶ
実験が失敗したら大喜びしなさい。本気で積み上げ、考えて、なお予想外の実験結果になったのであれば僥倖。それは、前提が間違っていたということだから。
みんなが失望するところを、発想力で世紀の大発見のタネに。
先入観を捨て、実験結果を素直に受け止め、考えに固執せずに、謙虚に自然に教えてもらうこと。

7. 先生は偉くない
先生は偉くない。少し先に始めて、少し多く知っているだけ。偉大なる自然の前ではとても小さな違い。ここに書いた話も、自分はこうだというだけだから、みんな自分独自の考えややり方でやればいい。

研究を始めるタイミングでこのように素敵な先生と出会えた方はとても幸運(逆に大変と感じた人も多そうですが)だと思います。
最初の体験がその後の研究人生を左右するので。
私も最初の研究室で「研究は楽しいものだ」と刻み込まれたことが、今につながりました。

スタートアップの0→1と似ている

江上先生は、逆説的な話からスタートして本当に伝えたいことを伝える、そんな人物だったようです。流行りの研究に大量の資金と人員を投下して競争に勝つのではなく、他に誰もやっていない独創的な研究が生まれるように、教え子たちに独自のテーマを与え、自説を振りまき、扇動・鼓舞します。

そうしていくつもの分野を開拓していきました。

この感じ、ちょっと既視感がありました。
スタートアップでいう、ピーター・ティールの「ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか」や、馬田隆明氏の「逆説のスタートアップ思考」で読んだ内容に似ている気がしました

それもそのはず、どちらもこれまで世の中になかったものを生み出す「0→1」の話で、それゆえ、本質的な部分は案外似ているのです。

江上先生は、0→1のあとの1→10は、自分が切り拓いたものでも競争はせず、教え子にも大プロジェクトの一部分をやらせるようなことはせずに必ず0→1のテーマを与えていた「完全0→1特化型」でした。

それに対し、スタートアップは、「1→10以降で事業が大きく花ひらくための0→1」なので、ゴールは異なります。

ですが、過去の記事にも書いた通り、私は既に実感していたのですが、両者にとって0→1が極めて重要であるため、一部の考え方が似てくるのはとても面白かったです。

 

終わりに

ここでは詳しくは書きませんが、江上先生の独特の語り口もあり、すっかりファンになってしまいました。
が、ここで挙げたような江上先生の愛すべき考えも、制度や競争的資金にガチガチに縛られた今の研究業界で貫き通すのは至難の技です。

資金の出し手が価値があると思う研究テーマにお金を出し、そのテーマから外れることは認めないような今の進め方では、ほとんどの人が上が定めた激戦地に行き、本当に面白いもの・価値があるのもののタネを見過ごしてしまうと危惧しています。

あえて経済合理性のみを考えたとしても、答えは同じです。今価値があると検知できないものの中にこそ本当に大きな価値があるものが眠っており、それを育てる土壌がなければ芽は出ない

3塁にランナーがいるからと送りバントばかりする、とにかく塁に出ないと試合に出れないからシングルヒットしか狙わない、では、いつまでもホームランは出ません。試合も負けます。

そんな状態ではありますが、個人や小さな組織が力を持ちうる今の時代においては、政府や大組織を変化させられなくとも、テクノロジーとアイデアと意思の力があれば、新たな生態系を築くことも可能です。

今はまだ微力ではありますが、そんな変化を起こしていきたいと改めて感じました。順当にそれができるだけの力をつけていきます。

最後に、江上先生の詩「研究のこころ」の一節をどうぞ。

ひとに見えない山をみつけたら、ぼくは早く登りたい
そんな山があるかしら
ひとにも見える山に登るなら、ぼくはゆっくり登りたい
おもわぬ花や小石があるだろう
たのしみながら登りたい

最後までお読みいただきありがとうございました!

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